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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)11771号 判決 1970年6月29日

原告 木内晃

被告 小野田セメント株式会社

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

(一)  原告

「1、原告が被告に対し、労働契約上の権利を有することを確認する。2、被告は原告に対し、金二二一万四、七七三円およびこれに対する昭和四五年一月二五日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。3、被告は原告に対し、昭和四五年二月以降毎月二五日限り金四万四、七一〇円を支払え。4、被告は原告に対し、昭和四五年以降毎年六月三〇日および一二月三一日限り各金一〇万四、二〇〇円を支払え。」との判決ならびに第二、三項につき仮執行の宣言。

(二)  被告

「1、原告の請求を棄却する。2、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二、原告の主張

一、請求の原因

(一)  被告は各種セメントの製造販売等を業とする株式会社(以下会社という。)であるが、原告は昭和三八年三月会社に従業員として雇われ、爾来東京都江東区にある会社の「本部中央研究所」に勤務していた。

(二)  ところで、会社は、昭和四〇年一二月二一日付をもつて原告に対し和歌山県有田市にある有田生コンクリート株式会社への派遣ならびにその間の休職を命じ(以下本件出向命令という。)、原告がこれを拒否したことを理由として昭和四一年一月四日付をもつて原告を解雇(懲戒)する旨の意思表示(以下本件解雇という。)をした。

(三)  しかしながら、本件解雇は次の理由により無効である。

1 解雇権の濫用

(1) 本件出向命令は、次のいずれかの理由により無効であるから、右出向に応じなかつたことを理由とする本件解雇は、解雇権の濫用として無効である。

イ 出向命令権の不存在

原告と会社との間の雇傭契約には、出向について別段の特約はなかつたものであるから、会社が原告の同意を得ないでした本件出向命令は、労働契約の範囲を逸脱したものであつて無効である。

ロ 不当労働行為

本件出向命令は、次に述べるように、会社が原告を、その組合活動の故に嫌悪し、原告らの職場における組合活動を制約する意図に出た不利益取扱であるから、労働組合法七条一号三号に該当する不当労働行為であつて、憲法二八条に違反し、違法無効である。

I 本件出向命令当時の状況と会社の反組合的態度

(i) 会社は昭和四〇年二月一四日経営不振を理由に、人員二割削減を中心として合理化提案を押しつけてきた。

(ii) しかし、会社は組合のスト権を背景とした一〇三日に及ぶ反対闘争の前に同年五月末右合理化案を撤回せざるを得なくなると、同年八月一六日組合の中心的活動部隊である津久見支部の三役を含む組合員五名を懲戒解雇にし、同月二〇日には津久見支部の職制組合員に助力、支援して第二組合を結成させ、さらに組合員を対象に大量配転を行うという不法な反撃に出た。

(iii) そうして、会社は同年一一月二日に至り、ついに同年七月ごろの経営協議会においてした「希望退職者の募集を含む一切の首切りはしない」旨の組合との協定を破り、希望退職による人員整理八〇〇名を基本とする第二次合理化案を提示・強行してきた。

右第二次合理化案においては、原告が勤務していた中央研究所(以下中研という。)の規模を縮少し、人員整理をすることが明示されていた。

(iv) さらに、会社は昭和四〇年一二月二五日、津久見支部の組合員六八名、八幡支部の組合員三名に対し指名解雇の通告を行つた。右指名解雇は、組合の組織破壊を企図してなされたもので、津久見支部の場合には、組合員のみを対象とし、その大半は活動家で占められ、八幡支部の場合には組合役員二名と組合書記一名であつた。

(v) このほか、会社は、右以前にも、組合の先進的活動家を嫌悪して差別的な地方配転を行い、組合活動を制約してきた。例えば、昭和三七年八月組合東京支部執行委員で青年婦人対策部長であつた栗山博明を本部労働部保健課から清水サービスステーシヨンに配転し、また同三九年には組合活動家であつた青年婦人部長伊藤庸朗および職場委員小林博司を本部調査部からそれぞれ富山サービスステーシヨンおよび酒田サービスステーシヨンに配転した。

II 原告の組合活動

原告は、(i)、昭和三六年三月二七日小野田セメント労働組合(以下組合という。)に加入し、同四〇年一〇月中研の職場から組合東京支部職場委員に立候補して当選するや、中研の職場内に「中研職場委員懇談会」を結成して、その会長に選出され、経費節減を理由とする購売会廃止反対闘争など合理化反対闘争に積極的に取り組み、(ii)、前記第二次合理化案の首切り提案に対抗して組合に行動隊が結成されるや、これに参加し、昭和四〇年一一月二八日から突入した一二〇時間ストライキを先進的、行動的に推し進めたほか、(iii)、右第二次合理化案の主要目標の一つとなつていた中研の規模縮少、人員整理に反対し、会社職制による退職強要の中止、配転・出向反対の意思を会社職制に対して表明し、かつ中研職場でこれを教宣した。

III 本件出向命令と会社の言動

(i) 会社は、昭和四〇年一一月一七日の中央経営協議会の第三次交渉において、組合に対し、前記第二次合理化案に基づく希望退職者問題の解決をみるまでは配置転換を行わない旨を約したのにかかわらず、これを破り、同年一二月一〇日原告に対し、本件出向命令を内示し、即日諾否の返答を迫り、原告において右出向を拒否するや、会社は職制を総動員して同日から同月一八日にかけて右出向を強要した。その間原告が出した「右出向は実質的な首切りではないか」との率直な疑問をとらえて始末書を書かせ、出向に応じないならば解雇すると脅迫した。そうして、会社は本件出向命令を発するまで出向先会社の正式な名称すら知らせず、発令の段階においても出向先における原告の地位、業務内容の詳細を知らせなかつた。このように会社は原告を職場から排除するについて、全く手段を選ばなかつたものである。

(ii) 原告は、出向会社で予想される生コンクリート業務に関する経験もなく、また精通もしていなかつたものであり、原告を人選した本件出向命令には合理的な理由がない。

(iii) 会社は、本件出向命令の内示後も、その交渉の過程で次のような反組合的言動を行つた。すなわち、中研の松田主任研究員は、昭和四〇年一二月一三日原告に対し、組合の人を連れてくるのはまづいと発言し、市村人事課長は同月一五日原告に対し、反合理化闘争的なことは社員である以上やつて貰つては困ると述べ、当時の組合の基本的闘争を誹謗した。

IV 本件出向命令の真の理由

以上の事実からすると、本件出向命令の真の理由は、会社が中研職場における組合活動を壊滅させるため、その中核である原告を狙い打ちし、有田生コンから社員の派遣要請のあつたことを奇貨とし、中研の職場からの排除を意図したものであることが明らかである。会社の前記合理化計画は、組合の弱体化を企図したものであり、本件出向もその一環としてなされたものである。

V 本件出向命令は、不利益取扱であり、かつ支配介入である。

(i) 本件出向命令は、会社において大量の希望退職者の募集が行われていた最中に、しかも会社に復帰する時期の明示がないまま行われたものであるから、会社から賃金を保証される点を除いては実質的に解雇と同じものである。また、出向先会社の労働時間は被告会社に比して長く、その予想される労働内容は専門的な研究を続ける余地がないものであり、さらに出向先では厚生施設も殆んどないなど、生活環境が大いに劣悪となるものである。

(ii) 原告が出向すると原告は組合の職場委員、職場委員懇談会会長として、組合活動を続けることが不可能になる。また中研職場における組合活動も中心的活動家である原告を失うことによつて多大の打撃をこうむるに至るものである。

ハ 出向命令権の濫用

本件出向命令は、次の事情のもとに発せられたものであるから権利の濫用として無効である。

I 原告の経験、能力からみて、原告が本件出向の対象者として人選される合理的理由が全くない。

II 原告は本件出向により、前記ロVの(i)(ii)のように労働条件の低下を来たし、また組合活動に対する著しい制約をうけるなど重大な影響をこうむる。

III 会社は、前記ロIIIの(i)のように、希望退職者問題の解決をみるまでは配置転換を行わない旨の約束を破り、労働協約や就業規則に定めのない出向命令を原告に内示し、職制を動員して出向命令を強要し、些細なことを把えて始末書を書かせ、出向に応じないならば解雇すると脅迫し、同月二一日に至り本件出向命令を発したものであつて、信義に基づく適正な手続を経ていない。

(2) 仮りに、本件出向命令が有効であるとするも、本件解雇は次の理由により、解雇権の濫用にあたるものとして無効である。すなわち

(i) 原告は本件出向命令を拒否したが、その出向先は実情の判らない遠隔の小会社であつたものであり、原告が自己の生活と正当な組合活動をする権利とを守るために、右出向を拒否したことは無理からぬことであり、これに対して懲戒解雇をもつて臨むことは、あまりに権衡を失するものである。

(ii) 原告は会社に対し、本件出向命令が実質的な首切りであつて、かつ組合との約束に違反するものであり、さらに出向するのが何故に原告でなければならないか不明であることなどを挙げて反論したのにもかかわらず、会社はこれに対し原告に十分な説得をし、あるいは右出向につき考慮をしなおすなどの態度をとることなく、原告を懲戒解雇に処したもので、解雇に際し信義に基づく適正な手続を経ていない。

2 不当労働行為

本件解雇は、出向命令を前提とするものであるところ、右命令が前記1(1)ロのとおり不当労働行為である以上、右命令の拒否を理由とする本件解雇も、また不当労働行為として無効である。

(四)  ところで、会社は、原告との雇傭契約関係は本件解雇に因り終了したとして、原告の就労を拒否しているが、本件解雇が無効である以上、原告は賃金請求権を失わないものというべきである。

(五)  しかして、原告の賃金額は次のとおりである。

1 原告の本件解雇当時の賃金は、能力給金一万六、〇〇〇円、年令給八、〇〇〇円、勤続給四〇〇円、勤務地手当二、二七〇円、住宅手当八〇〇円、合計二万七、四七〇円であり、毎月の賃金は、前月一六日から当月一五日までを対象とし、毎月二五日払いであつた。

2 会社は原告に対し、本件解雇通告と同時に昭和四一年一月分の賃金のうち同四〇年一二月一六日から同四一年一月四日分まで金一万七、三九七円を支給したから、その残額は一万、〇七三円である。

また、昭和四一年二月分、三月分賃金は右の基準で支払われるべきものであり、右両月分の賃金合計は五万四、九四〇円である。

3 会社においては昭和四一年四月、つぎの要領で賃上げが行われた(同年三月一六日付改訂)。

(1) 能力給定期昇給額 組合員平均九二〇円

(2) 能力給定率分   能力給×〇、〇二五三一

(3) 能力給定額分   五二〇円

(4) 自動昇給分(年令給一〇〇円、勤続給一〇〇円)二〇〇円

この結果、原告の賃金は次のとおり昇給したことになる。

<1> 能力給定期昇給分は組合平均九二〇円

<2> 能力給定率分は前記の方法によつて算出される金四〇〇円

<3> 能力給定額分は右基準により五二〇円昇給し、原告の能力給昇給分((1)ないし(3))は一、八四〇円である。

<4> 自動昇給分は右基準により二〇〇円昇給した。

結局、原告の昇給分(<1>ないし<4>)は二、〇四〇円となり、賃金月額は二万九、五一〇円となるから、原告が受けるべき昭和四一年四月分から同四二年三月分までの賃金額は合計三五万四、一二〇円である。

4 昭和四二年四月つぎの要領で賃上げが行われた。

(1) 能力給定期昇給額 一、〇〇〇円

(2) 能力給定率分 能力×〇、〇四一九

(3) 能力給定額分 一、六五〇円

(4) 自動昇給分(前回)二〇〇円

この結果、原告の賃金は次のとおり昇給したことになる。

<1> 能力給定期昇給分は組合平均一、〇〇〇円

<2> 能力給定率分は前記の方法で算出される七一〇円

<3> 能力給定額分は右基準により一、六五〇円昇給し、原告の能力給昇給分((1)ないし(3))は三、三六〇円である。

<4> 自動昇給分は右基準により二〇〇円昇給した。

結局、原告の昇給分(<1>ないし<4>)は、三、五六〇円となり、賃金月額は三万三、〇七〇円となるから、原告が受けるべき昭和四二年四月分から同四三年三月分までの賃金額は合計三九万六、八四〇円である。

5 昭和四三年四月つぎの要領で賃上げが行われた(同四三年三月一六日付改訂)。

(1) 能力給定期昇給額 一、一〇〇円

(2) 能力給定率分 能力給×〇、〇四八六

(3) 能力給定額分 二、一二〇円

(4) 自動昇給分(前回) 二〇〇円

(5) 年令給定額分 三〇〇円

この結果、原告の賃金は次のとおり昇給したことになる。

<1> 能力給定期昇給分は、組合平均一、一〇〇円

<2> 能力給定率分は前記の方法で算出される金九四〇円

<3> 能力給定額分は右基準により二、一二〇円昇給し、原告の能力給昇給分((1)ないし(3))は四、一六〇円である。

<4> 自動昇給分は右基準により二〇〇円

<5> 年令給定額分は三〇〇円が昇給した。

結局、原告の昇給分(<1>ないし<5>)は四、六六〇円となり、賃金月額は三万七、七三〇円となるから、原告の受けるべき昭和四三年四月分から同年九月分までの賃金額は合計二二万六、三八〇円である。

6 昭和四三年一〇月に次の要領で臨時昇給がおこなわれた。

(1) 能力給定率分 能力給×〇、〇一一四

(2) 能力給定額分 五九〇円

この結果、原告の賃金は、

<1> 能力給定率分が右方法により算出される金二五〇円

<2> 能力給定額分が右基準により五九〇円昇給し、原告の能力給昇給分((1)および(2))は八四〇円となり、賃金月額は三八、五七〇円となるから、原告の受けるべき昭和四三年一〇月分から同四四年三月分までの賃金額は合計二三万一、四二〇円である。

7 昭和四四年四月、次の要領で賃上げが行われた(同四四年三月一六日付改訂)。

(1) 能力給定期昇給額 一、三〇〇円

(2) 能力給定率分 能力給×〇、〇四四一五

(3) 能力給定額分 二、一二〇円

(4) 自動昇給(前同) 二〇〇円

(5) 年令給定額分 一、五〇〇円

この結果、原告の賃金は次のとおり昇給したことになる。

<1> 能力給昇給分は組合平均一、三〇〇円

<2> 能力給定率分は前記の方法で算出される金一、〇二〇円

<3> 能力給定額分は右基準により二、一二〇円昇給し、原告の能力給昇給分((1)ないし(3))は四、四四〇円

<4> 自動昇給分は右基準により二〇〇円

<5> 年令給定額分は一、五〇〇円が昇給した。

結局、原告の昇給分(<1>ないし<5>)は、六、一四〇円となり、賃金月額は、四万四、七一〇円となるから、原告の受けるべき昭和四四年四月分から同四五年一月分までの賃金額は合計四四万七、一〇〇円である。

8 昭和四一年冬期一時金および同四二年夏期一時金は、年間協定により、いずれも、つぎの要領で算出され支給された。

(1) 〔能力給プラス(13マイナス勤続年数)×一〇〇〕×二、三〇三七

(2) 地域給×〇、六九八三

(3) 定額分七、一五〇円

昭和四一年一二月当時の原告の能力給は前記1および3の記載から明らかなように、一万七、八四〇円であり、地域給(勤務地手当)は前記1記載のとおり二、二七〇円であり、かつ、原告の勤続年数は当時五年であつたから、これを、右定式にあてはめて算出すれば、五万一、六八〇円となる。

したがつて、昭和四一年冬期一時金および同四二年夏期一時金として原告が受け得られるべき金額は、合計一〇万三、三六〇円である。

9 昭和四二年冬期一時金および同四三年夏期一時金は、年間協定によりいずれも次の要領で算出され、支給された。

(1) 能力給×二、五二一二

(2) 地域給×〇、七四一三

(3) 定額分 八、八〇〇円

昭和四二年一二月当時の原告の能力給は前記8および4から明らかなように、二万一、二〇〇円であり、地域給は同じく二、二七〇円であるから、これを右定式にあてはめて算出すれば六万二、六四〇円となる。

したがつて、昭和四二年冬期一時金および同四三年夏期一時金として、原告が受け得られるべき金額は合計一二万五、二八〇円である。

10 昭和四三年冬期一時金および同四四年夏期一時金は、年間協定によりいずれも次の要領で算出され、支給された。

(1) 能力給×二、五九六四

(2) 地域給×〇、八五九九

(3) 定額分 一〇、五五〇円

昭和四三年一二月当時の原告の能力給は前記9および5、6の記載から明らかなように二万六、二〇〇円であり、地域給は同じく二、二七〇円であるからこれを右の定式にあてはめて算出すれば八万〇、五三〇円となる。

したがつて、昭和四三年冬期一時金および同四四年夏期一時金として、原告が受け得られるべき金額は合計一六万一、〇六〇円である。

11 昭和四四年冬期一時金および昭和四五年夏期一時金は、年間協定によりいずれも次の要領で算出され、このうち昭和四四年一二月分のみがすでに支給された。

(1) 能力給×二、八八二六

(2) 地域給×一、〇四九八

(3) 定額分 一三、五〇〇円

昭和四四年一二月当時の原告の能力給は、前記10および7の記載から明らかなように三万〇、六四〇円であり、地域給は同じく二、二七〇円であるから、これを右の定式にあてはめると一〇万四、二〇〇円となり、昭和四四年冬期一時金として原告が受け得られるべき金額は一〇万四、二〇〇円である。

12 したがつて原告が受け得られるべき昭和四一年一月分の残額および同年二月分から同四五年一月分までの賃金および一時金の総額は合計二、二一万四、七七三円である。

13 原告は、昭和四五年二月以降賃金として毎月二五日限り、前記7で明らかなとおり、四万四、七一〇円づつの支払いを受ける権利を有するものである。

14 会社は、従業員に対し、毎年おそくとも六月三〇日および一二月三一日限り、一時金の支給をおこなつており、原告が受くべき昭和四五年以降における夏期および冬期の各一時金の金額は、すくなくとも前記11記載の一〇万四、二〇〇円を下らないものである。

二、被告の主張に対する答弁

(一)  被告の主張二の(一)の事実中、会社が出向によつて従業員が不利益をこうむることがないようにしているとの点は否認する、出向先については不知、その余は認める。

(二)  被告の主張二の(二)の1の事実中、就業規則および基本労働協約にその主張のような定めがあることは認め、その余は争う。組合が就業規則にいう「転勤、職場、職種の変更」と労働協約一五条にいう「配置転換」とが同義であり、右「配置転換」には出向が含まれるものと解釈してきた事実はない。2の事実中、出向が慣行となつていたとの点は否認する、出向の事例として掲げた出向先、出向会社については不知。会社が出資していない生コンクリート関係の会社には、被告会社従業員は昭和四〇年一二月現在で僅か一名ないし二名しか出向しておらず、また同四一年五月現在における出向者一九一名中、三〇才以上の者は、一七三名、勤続一〇年以上の者は一六六名であつて、年令二四才勤続年数四年(国内留学を差引けば一年未満)の原告が出向することは、むしろ異例に属することである。

(三)  被告の主張二(三)の1の事実中、有田生コンクリート株式会社の業務内容は認め、その余は争う。2の事実中、原告の年令、経歴は認め、その余は争う。3の事実中、会社が原告に対し、その主張のように出向命令を内示したうえ、出向命令を発したことおよび他社派遣取扱要領を示してその内容を説明し、有田生コンクリート株式会社における給与が月収五万円であることを告げたことは認める、小野田セメント労働組合東京支部が被告主張のような結論を出したとの点は不知、その余は否認する。

(四)  被告の主張二の(四)の事実中、会社がその主張の日時に原告を解雇(懲戒)したことは認める。

第三、被告の主張

一、答弁

(一)  請求の原因(一)の事実は認める。

(二)  請求の原因(二)の事実も認める。

(三)  請求の原因(三)1の(1)の冒頭の主張は争う。

同(1)のイの主張は争う。

同(1)ロのIについては、(i)の事実中、会社がその主張の日に緊急対策を提案したことは認める。(ii)の事実中、津久見工場で組合津久見支部三役を含む組合員五名を懲戒解雇したことは認め、その余は否認する。なお、右懲戒解雇の日時は昭和四〇年九月三日である。(iii)の事実中会社が同年一一月二日第二次合理化案を提案したことは認め、会社が同年七月ごろ原告主張のような協定をしたことは否認する。(iv)の事実中、会社が同年一二月二五日津久見工場で六八名、八幡工場で三名の従業員に対し指名解雇の通告をしたことは認め、その余は否認する。(v)の事実中、原告主張の日時にその主張の従業員三名を配転したことは認める。しかし、これらの配転は、いずれも業務上の必要に基づき行つたものである。同IIについては(i)の事実中、原合が組合に加入し、同四〇年一〇月その主張のように職場委員となつたことは認めるが、その余は争う。同IIIについては、(i)の事実中、会社が同四〇年一二月一〇日原告に対し本件出向命令を内示したこと、会社の職制が出向に応ずるよう説得したことは認めその余は否認する。(ii)および(iii)の事実はいづれも否認する。同IVおよびVの(i)(ii)の事実は、いずれも否認する。

同(1)ハのIおよびIIの事実はいずれも否認する。同IIIの事実中、会社の職制が出向に応ずるよう説得したことは認め、その余は否認する。

請求の原因(三)1の(2)の事実は否認する。

請求の原因(三)の2の主張は争う。

(四)  請求の原因(四)の事実中、会社が原告との雇傭契約関係は終了したとして、原告の就労を拒否していることは認める。

(五)  請求の原因(五)の事実は認める。

二、本件解雇の経緯

(一)  被告会社における出向について

被告会社においては、その従業員に対し他会社へ出向(他社派遣)を命じているが、この出向先は被告会社が製造したセメントを使用して生コンクリート(以下生コンという。)の製造販売を行つている会社など後記(二)2のとおりの会社であり、生コン会社に出向させているのは、被告会社が製造したセメントの販路の確保と拡張を計るためである。出向した従業員(以下出向社員という。)は、被告会社従業員としての身分は保有するが、出向期間中は休職となり、出向先の指揮命令に従つて就労し、賃金は出向先の給与体系によつて出向先から支払を受け、その他の労働条件についても出向先で定める基準によることになる。ただし、出向先で受ける給与総額が被告会社のそれよりも低いときはその差額を被告会社が支払いまた労働時間についても、被告会社では実働七時間制をとつているので、出向先が実働八時間制をとる場合には七時間を超える部分に対しては時間外労働としての割増賃金を支払うなど、出向によつて不利益をこうむることのないようにしている。しかして、出向社員の待遇に関しては、被告会社の「他社派遣社員取扱要領」に詳しい規定があり、出向社員は出向の都度、右取扱要領に定められていることを会社との間で約定しているものである。

(二)  出向命令の法的根拠

1 就業規則および労働協約

会社の就業規則第三一条には、「<1>業務のつごうで社員に転勤を命じ、または職場・職種の変更を命じることがある。<2>前項の場合、社員は正当な理由がない限り、これを拒んではならない。」との定めがある。

また、会社と小野田セメント労働組合との間に締結された基本労働協約第一四条には、「社員の労働時間そのほかの労働条件に関しては、就業規則の定めるところによる。」とし、さらに第一五条には、「社員の採用・配置転換・昇格・休職・復職に際しては、会社は発令前に組合に通知する。組合はその箇々の人事が職場の秩序の維持を困難ならしめるか、あるいは組合に対する圧迫もしくは対抗となると認められる場合と本人の生活を著しく脅かすものと認める場合とには、これに対し、異議を申立てることができる。」と定められている。

右就業規則第三一条にいう「転勤、職場・職種の変更」と、右労働協約第一五条にいう「配置転換」とは同義であり、会社・組合間では右配置転換には出向を含むものと解釈されており、従前から会社はその従業員を出向させるときは、右協約の定めに従い、組合にこれを通知し、組合はこれに基づいて出向につき異議申立の当否を審議してきたものである。従つて、会社は右就業規則、労働協約の規定により、その従業員に対し他会社に出向を命じうる権限を有するものである。

2 労働契約(慣行)

会社においては、古くから、その従業員を業務命令により系列会社、ことに生コン会社に出向させることが行われて居り、これが少くとも事実たる慣習となつている。従つて、会社がその従業員に対し出向を命じ得ることは労働契約の内容となつているものである。そうして右出向の状況は次のとおりである。

イ 被告会社が出資している生コン関係会社への出向

昭和三一年五月から出向させ、同四〇年一二月当時で二八社に九一名

ロ 被告会社が出資していない生コン関係会社への出向

昭和三八年五月から出向させ、同四〇年一二月当時で一一社に一五名。

ハ セメントの製造、販売に直接の関係のある会社への出向

昭和二六年四月から出向させ、同四〇年一二月当時で二三社に五三名。

ニ 被告会社が出資している右以外の会社への出向

昭和二九年六月から出向させ、同四〇年一二月当時で七社に七六名。

(三)  本件出向命令の有効性

1 訴外有田生コンクリート株式会社(以下有田生コンという。)は、被告会社の製造したセメントを使用し、生コンクリートの製造販売を業とする会社であるが、昭和四〇年一一月国鉄紀勢本線の複線化に伴う生コンの需注の増加と試験業務強化の必要に対処するため、被告会社に対し主として右試験業務を統轄する技術者の派遣を要請してきた。そこで会社は、これまでの慣行に従い、右要請に応ずることとした。

2 会社では、その従業員を生コン会社に出向させる場合には、出向の目的からいつてコンクリート業務に習熟している中央研究所もしくはその小野田分室、または工場試験課から出向社員を選出していたし、また選出することになるが、昭和四〇年一二月当時においては、既にそれまで小野田分室や工場試験課から他の生コン会社にかなりの従業員を出向させていたので、有田生コンには中研から適任者を選出することにした。

そうして、右要請に応えるためには、コンクリートに関する実務経験二年以上を有し、二五才前後の技術者が適任であるといえるが、「原告は、工業高校・大学を通じ、土木工学科出身であつて、昭和三六年四月入社後、同三八年三月まで中研でコンクリート試験の研究の実務に従事し、同四〇年四月以降スタビライザー研究に従事していたものであつて」、技術的には十分生コンの試験業務を統轄する能力があり、「年令二四才」の独身でもあるので、会社は原告を最適任であると判断し、同人を有田生コンへ派遣することに決定した。

3 そこで、会社は原告に対し、昭和四〇年一二月一〇日有田生コンへの派遣を内示したうえ、本件出向命令に及んだ。

右出向については、会社と有田生コンとの間において、有田生コンは原告を試験課長とし、役付手当を支給するほか、住居をも確保する、出向期間は二年ないし三年とするなどが約定されていたので、会社は原告に対し、これらの約定のあることおよび有田生コンにおける給与は月額五万円であることを告げ、前記「他社派遣社員取扱要領」をも示してその内容を説明したもので、原告は右出向によりなんらの不利益をこうむらないものである。

4 原告は、本件出向命令の拒否を理由とする本件解雇につき、その所属していた小野田セメント労働組合東京支部に対し、異議の申立をしたが、同支部は本件出向命令には業務上の必要性と緊急性とがあり、正当なものである旨の結論を出したものである。

(四)  本件解雇の正当性

原告は、本件出向命令の内示を受け、一旦はこれを了承し、文書をもつて会社にその旨を回答したのにかかわらず、その後本件出向命令に従わないので、会社は就業規則五八条九号により本件解雇に及んだものである。

第四、証拠<省略>

理由

一、被告が各種セメントの製造販売等を業とするものであること、原告が昭和三八年三月被告会社(以下会社ともいう。)に従業員として雇われ、爾来、東京都江東区にある会社の本部中央研究所に勤務していたこと、会社は昭和四〇年一二月二一日付をもつて原告に対し、和歌山県有田市にある有田生コンへの派遣ならびにその間の休職を命じたところ、原告において右派遣を拒否したので、これを理由として会社就業規則第五八条第九号により昭和四一年一月四日付をもつて本件解雇に及んだことは当事者間に争いがない。

二、証人市村堯の証言により各成立を認め得る乙第六号証の一ないし三、証人川住正彦の証言により各成立を認め得る乙第四号証の一ないし三、成立に争のない乙第七号証の各記載、証人井原勲、市村堯、竹本国博(一部)、波木守、川住正彦(一部)の各証言および原告本人尋問の結果(一部)を総合すれば、本件解雇に至るまでの経緯として次の事実を認めるに足る。

(1)  有田生コンは被告会社製造のセメントを購入・使用して生コンクリートの製造・販売を業とする会社であるところ、昭和四〇年春、国鉄紀勢本線の複線化工事に伴い、大量の生コンクリート(以下生コンという。)を国鉄に納入することになつたが、同年一一月ごろ国鉄側から生コンの品質管理者たる技術者を置くべきことを要求されたので、右要求に応ずるべく、同年一一月下旬、会社の大阪支店を通じ右技術者一名の派遣方を会社に要請した。その際、有田生コンは、派遣を受ける技術者には生コンの品質管理を担当してもらうと共に、従業員の陣頭指揮をして欲しいという考えから、希望条件として、派遣社員は若い人で指導的立場に立てる人ということを申し出で、かつ国鉄側の要求もあるので至急派遣して貰いたいことをも付加した。

会社は、これまでも生コン会社の要請に基づき、従業員を派遣していたものであるが、右要請を受けるや、検討の結果、同年一二月七日右要請に応じ有田生コンへ従業員を派遣することに決定した。

(2)  会社においては、これまで生コン会社へ技術者を派遣する場合、各工場の試験課、中央研究所(以下中研ともいう。)および中研小野田分室から人選していた。そうして会社の渡辺労務部長は、有田生コンへ派遣する従業員(以下派遣社員という。)の人選について検討した結果、前記一二月七日当時、昭和四〇年中における生コン会社への技術者派遣は三一名に及んでいたが、その大部分は各工場の試験課から人選されているに拘わらず、中研小野田分室からは四名、中研からは僅かに一名選ばれているに過ぎない事情などを考慮し、有田生コンへの派遣社員は、中研から人選するのが相当であると判断した。渡辺労務部長の意を受けた市村人事課長は、同日、中研の竹本次長に対し、有田生コンへ技術者を派遣することとなつた事情を説明し、その人選の条件として、生コンの品質管理の責任者となることができかつ派遣先の従業員の指導に当り得る者で、出来るだけ若い人で、独身であればなお望ましいことを挙げ、中研所属の従業員から人選すべきことを指示した。

(3)  竹本次長は、前記指示に基づき、中研山口所長と協議のうえ、前記派遣要請の趣旨などを考え、派遣社員の選考基準を「コンクリートの試験研究に関し、二年以上の経験を有し、かつ年令二五才前後の者」とするのが適当であると判断し、この基準によつて適任者を選考することにした。

当時、中研の事務部門を除く研究部門は一〇グループ一三九名により編成されていたが、右選考基準のうちコンクリートの試験研究に関し二年以上の経験を有する者は、土岐グループに八名、小俣グループに六名、松田グループに二名の合計一六名がいた。

竹本次長は、同月八日選考に着手したが、土岐グループについては、土岐主任研究員がチーフとなつて間もないことや、今後会社は、同グループの担当義務の一つである技術サービスに重点を置く方針であつたことなどの理由から、また小俣グループについては、近く一名が退職予定であることなどの理由からいずれも派遣社員を選出することは適当でないと判断し、結局、松田グループから選出することになつた。

松田グループにおける前記選考基準に該る二年以上の経験者は、波木守と原告との二名だけであつたが、波木守は大学の土木工学科出身で昭和三三年の入社、年齢は三〇才にして既に妻帯者で、しかもグループのリーダ格であつたのに反し、原告は同三六年四月工業高校を卒業後入社し中研で二年間にわたりコンクリート試験の研究の実務に従事し、その間日本大学土木工学科を卒業し松田グループにおいてスタビライザー(生石灰による地盤安定)の研究に従事し、年令は二四才で、かつ独身であつた。

竹本次長は、中研におけるスタビライザーの研究の進捗状況、今後の研究の都合および有田生コンの要望などを考慮し、松田主任研究員の了承をも得たうえで、右派遣社員には原告が適任であると判断し、同月一九日市村人事課長にその旨を報告した。

(4)  竹本次長は、市村人事課長の指示により、同月一〇日原告に対し、被告会社のセメントを使用している和歌山県有田市にある生コン会社への派遣を内示し、派遣先会社における職務内容、労働時間および派遣先会社は報告会社の特約店の二次店である山崎建材店が新設した生コン会社であること、ならびにその規模、能力、人員などについて説明した。

原告は、この内示に対し、現在の仕事をやりたいので、生コン会社への派遣には応じがたい旨を述べ、竹本次長から、それだけでは派遣社員の人選を変更する特別の理由にならない旨を告げられ、かつ右派遣に応ずることができない特別の事情の有無を質されたが、これに答えなかつた。

(5)  竹本次長は、同月一三日ごろ原告に対し有田生コンの派遣期間は二年ないし三年と決つたことを告げると共に、右派遣に応じるよう説得し、さらに翌一四日には市村人事課長と共に原告に対し説得を試みた。原告は即時にはこれに肯じなかつたが翌一五日小野田セメント労働組合東京支部(以下組合支部という。)を通じ、市村人事課長に対し派遣に応ずる旨の申出をするに至つた。竹本次長は、同月一六日原告に対し、出向先における給料は年間六〇万円であること、住居は出向先の社長宅の一室が用意されておること、および出向先で結婚することになれば出向先において新婚向の住居を世話して貰えることになつていることなどを伝えた。会社は同月一〇日組合支部に対し原告を前記のように生コン会社へ派遣したい旨を通知し、同月一三日および二〇日同支部からこれを了承する旨の回答を得た。

(6)  会社は、同月二一日原告を有田生コンへ派遣し、その期間中休職を命ずることを決定し、右決定に基づき渡辺労務部長は同日原告に対し、その旨の辞令を交付せんとしたころ、原告は受領を拒否した。

会社はその際、原告に対し、右派遣の準備として同月二三日から三日間、小野田レミコン株式会社晴海工場において、生コン製造に関する実習を受けるべき旨の業務命令を発し、なお翌四一年一月四日有田生コンに赴任すべきことを指示した。

(7)  原告は前記生コン製造の実習を受けなかつただけでなく一月四日になつても有田生コンへ赴任せず、かつ市村人事課長に対し、有田生コンに出向する意思はない旨を述べた。そこで、会社は一月五日組合支部に対し、原告の右出向拒否は会社の業務上の指示に従わないものであり、就業規則第五八条九号に該当するので懲戒解雇にしたいとして、労働協約に基づき協議を申し入れ、組合支部の何らかの処分は止むを得ないとの了承を得たうえ、原告を一月四日に遡つて懲戒解雇することに決定し、同月一一日この旨を原告に通告した。

(8)  原告は右のように有田生コンへ赴任しなかつたところ、右派遣は緊急を要するものであつた関係から、会社は一月六日止むなく系列会社である前記小野田レミコン株式会社の品川工場試験課長北村大威を有田生コンへ出向せしめた。証人竹本国博、川住正彦、原告本人の各供述中、前記(4)の認定に反する部分、甲第一五号証の記載ならびに原告本人の供述中、前記(5)の認定に牴触する部分は、いずれも前記採用の証拠に照して措信しがたく、他に前記各認定を覆えすに足る証拠はない。

三、そこで、本件出向命令の効力について以下順次検討する。

(一)  出向命令権の存否について。

(1)  本件出向は、被告会社の製造・販売に係るセメントを使用して生コンクリートを製造している有田生コンの要請によるものであることは、前記二の(1)で認定したとおりであるところ、前記二の(1)で認定した事実に証人市村堯、竹本国博の各証言を併せると、右有田生コンの派遣要請に応ずることは、被告会社製造のセメントの販路の確保と拡張とを計る上において、被告会社の営業上極めて重要な事項に属するものであつたことを認めることができる。

(2)  成立に争いのない乙第二、第三号証の各記載および証人市村堯の証言を綜合すれば、被告会社の従業員で生コン会社へ派遣を命ぜられた者は被告会社従業員としての身分を保有するが、出向期間中は休職となり、出向先の指揮命令に従つて就労し、賃金は出向先の給与体系によつて出向先から支払を受け、その他の労働条件についても出向先の定める基準によることになつているが、しかし、出向によつて経済的な不利益をこうむることのないようにするため、被告会社は「他社派遣社員取扱要領」なるものを定め、派遣社員の処遇について十分の措置を採つていること、例えば、出向先で受ける給与総額が、被告会社に勤務する場合の給与総額より低い場合には、その差額を被告会社において支払い、また被告会社は実働七時間制を取つているので、出向先が実働八時間制をとる場合には、七時間を超える部分に対し、時間外労働の割増賃金を支払うなどの措置が講じられていることを認めることができる。

(3)  被告会社の就業規則第三一条には、「<1>業務のつごうで社員に転勤を命じ、または職場・職種の変更を命じることがある。<2>前項の場合、社員は正当な理由がない限り、これを拒んではならない。」と定められていること、および被告会社と小野田セメント労働組合(以下組合という。)との間に締結された基本労働協約においては、その第一四条には、「社員の労働時間そのほかの労働条件に関しては、就業規則の定めるところによる。」旨、その第一五条には、「社員の採用・配置転換・昇格・休職・復職に際しては、会社は発令前に組合に通知する。組合はその箇々の人事が職場の秩序の維持を困難ならしめるか、あるいは組合に対する圧迫もしくは対抗となると認められる場合と、本人の生活を著しく脅かすものと認める場合とには、これに対し異議を申立てることができる。」旨、それぞれ定められていることは当事者間に争いがなく、前記乙第二号証の記載によれば、被告会社の就業規則第三二条には、「会社の事業のつごうによつて、会社外の職務に従事し、休職を適当と認められた者には、期間を定めて休職を命じる。」旨定められていることが認められる。しかして、成立に争のない乙第一号証の一、二の各記載によれば、右基本労働協約は昭和四〇年八月九日締結されたもので、これと時を同じくして組合と会社間において締結された労働協約(昭和四〇年労協第四号)においては、昭和四〇年九月一六日現在において実施中の会社就業規則、給与規程およびその付属規程などは、そのまま昭和四一年九月一六日まで更新施行すべき旨の協定が成立したことが認められ、弁論の全趣旨によれば、前示「他社派遣社員取扱要領」は、右協定の対象となつた付属規程に該当するものと認め得る。

そうして、証人市村堯の証言によると、被告会社においては、すでに昭和二六年四月から従業員を系列会社へ派遣することが行われ、昭和四〇年一二月当時被告会社から系列会社ないし生コン会社へ派遣中の従業員数は二三五名に達していたことが認められ、また昭和四〇年一二月七日当時で、同年中における生コン会社への技術者派遣は三一名に及んでいたことは前記二の(2)において認定したとおりであり、証人市村堯、川住正彦、中尾多加志(一部)加藤稔の各証言によれば、従業員の他社派遣に対する組合の態度は、これに積極的に賛成するというものではなかつたが、さりとてこれに積極的に反対で他社派遣を認めないというものでもなく、会社と組合との間では、前記基本労働協約第一五条にいう「配置転換」には、他社派遣をも含むとの了解の下に右協約が締結されその後双方ともそのように解していたもので、したがつて、会社は従業員に他社派遣を命ずる都度、右協約第一五条の定めるところに従つて、これを組合に通知し、組合においても、その当否についての意見を会社に通告していたことを認めることができ、証人中尾多加志の証言中、右認定に反する部分は採用しない。もつとも、成立に争いのない甲第一〇号証の二の記載、証人加藤稔、市村堯の各証言によれば、会社は昭和四一年暮ごろ就業規則第三一条に「出向」の字句を新たに挿入することなどを内容とした就業規則の改正を組合に提案したことを認めることができるが、証人市村堯の証言によれば、右改正の趣旨は第三一条の条文をより明確にするためのものであつたことを認め得るから、右改正を提案した事実は前記認定と矛盾するものではない。また、成立に争いのない甲第二号証の記載中には、「昭和四〇年の組合定期大会において、組合員の他社派遣は原則として行わせない方針を決定した。」旨の記載があるけれども、前記甲第二号証の記載と証人川住正彦、加藤稔の各証言を綜合すれば、右定期大会においては、組合が今後組合員の他社派遣を全く認めないという立場で対処することは、資本の系列化が促進されている現状に鑑み、反つて現実性に欠けるものであることを確認し、むしろ、現に行われている他社派遣を出来るだけ減らすとともに派遣社員の労働条件の改善を計つていく方針を決定したものであることを認め得るから、甲第二号証の前示記載部分は、前記認定を動かすものではない。

(4)  右に認定したところによれば、前記昭和四〇年八月九日締結された二個の労働協約により、会社の就業規則、給与規程およびこれらの附属規程である他社派遣社員取扱要領は組合員たる従業員についての労働条件として労働協約の内容となつていたもので、就業規則第三一条にいう「転勤、職場・職種の変更」および基本労働協約第一五条にいう「配置転換」には、右労働協約の成立前から被告会社において行われていた系列会社ないしは生コン会社への派遣をも含むものと認めるのが相当である。しかして、原告が前記労働協約の締結前から組合の組合員であつたことは、原告の自認するところであるから前記労働協約により、原告は被告会社の系列会社または生コン会社への出向命令に応ずべき雇傭契約上の義務を有していたものであり、会社は原告に対し本件出向を命じ得る権限を有していたものというべきである。

(二)  不当労働行為の成否

(1)  本件出向命令当時の労使関係

原本の存在およびその成立に争いのない甲第三号証、成立に争いのない甲第五号証、甲第三二、第三三号証の各記載、証人中尾多加志、渡辺尚憲、金子勝秋、市村堯、竹本国博の各証言および原告本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

会社は、昭和四〇年二月一四日業績不振を理由として、人員二割削減を中心とした緊急対策なる第一次合理化案を組合に提案し、その後同年一一月二日社員八〇〇名の希望退職者募集による人員整理を基本とする再建対策なる第二次合理化案を提案した。右第二次合理化案には再建対策の一環として、原告の職場であつた中研の規模縮少、その人員を二三〇名から一三〇名に減縮することが明らかにされていた。組合は、右再建対策の撤回を要求し、一二〇時間のストライキをもつて対抗し、また中研の規模縮少は人員整理の一環であるとしてこれに反対の態度をとつた。会社は、同月二六日から希望退職者の募集を開始し、同年一二月一〇日には、希望退職者が一定数に達しないときは指名解雇もあり得るとの意向を明かにした。

(2)  原告の組合活動

原告は組合員であつたところ、昭和四〇年一〇月中研職場から選出されて組合東京支部の職場委員となつたことは当事者間に争いがなく、右事実に前記甲第三三号証、証人金子勝秋の証言により成立を認め得る甲第一三、第一四号証、弁論の全趣旨により成立を認め得る甲第一八号証の各記載、証人加藤稔、金子勝秋、中茎義和、川住正彦の各証言および原告本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

原告は、昭和三六年三月被告会社に入社すると共に組合に加入し、同四〇年一〇月中研職場から職場委員に立候補して当選するや、同月二八日自ら提唱して同職場選出の職場委員(六名)および同代行委員(二名)で構成する中研職場委員懇談会をつくり、その会長に選ばれた。同懇談会は、原告らが自主的に結成したもので、組合の規約に定められた正規の機関ではないが、中研選出の職場委員が一緒に話し合うことによりまとまつて行こうとするものであつた。右懇談会は、結成後まもなく、当時会社が経費節約を理由として社内にある購買会を廃止しようとしたことについて職場の意見をアンケートによつて集約し、購買会廃止反対の意見を組合支部執行部に反映させて右廃止を阻止し、次いで会社が提案してきた社員食堂の料金値上げについても、同様アンケートを行い職場で値上げ反対の話し合いを持つなどして一時右料金値上げを中止させた。組合は、会社が始めた前記希望退職者の募集に対し、不本意な退職が行われないようにするため、会社職制において個々の組合員に対し希望退職の勧誘をすることに反対の方針を決め、この個別的勧誘を「肩たたき」と名付け、所属課長に対し、肩たたき反対の申入れを行うことを決定した。原告は、右組合の方針に従い、昭和四〇年一二月初めごろ二度に亘つて中研の松田主任研究員に対し、肩たたき反対の申入れを行い、同月七日ごろ職場の松田グループの組合員が集つているところに松田主任研究員の出席を求め、前同様に肩たたきを止めることを申し入れ、同人からその了解を得た。また、同月九日頃、中研の山口所長が中研の職場で会社の再建対策の内容に関する説明会を開き、中研の規模縮少、人員整理の計画を説明し、配転・出向を行なうことを述べると共に、中研としても会社の方針に協力すべきである旨の意向を表明した際、原告は山口所長に対し前記肩たたきをしないように申し入れをした。

(3)  会社の組合および原告に対する態度

(A) 会社が組合津久見支部の三役を含む組合員五名を懲戒解雇したことは当事者間に争いがなく、前記甲第五号証および証人渡辺尚憲、金子勝秋の各証言によれば、右懲戒解雇は昭和四〇年九月三日右組合員らが出荷阻止などの違法な争議行為をしたとしてなされたものであるが、昭和四三年二月二七日大分地方裁判所において、会社就業規則第五八条第五号、第八号および第九号の懲戒解雇事由に該らないとして右組合員五名の仮処分申請を認容する判決がなされたことを認めることができる。

(B) 前記甲第五号証および証人中尾多加志、渡辺尚憲の各証言を総合すると、組合津久見支部は昭和四〇年八月二〇日分裂し、会社津久見工場で新組合が結成されたこと、会社は右結成大会の際、新組合員たる従業員に対し、多少の便宜を与えたと思われる節があることを認めることができる。しかし会社が職制組合員に助力・支援して右新組合を結成させたとの原告主張の事実については、これを認めるに足りる証拠はない。

(C) 会社が昭和四〇年一二月二五日津久見工場の従業員六八名、および八幡工場の従業員三名に対し、指名解雇の通告をしたことは当事者間に争いがなく、証人渡辺尚憲の証言によると、右津久見工場の六八名は全員が組合津久見支部の組合員で、その過半数は組合活動家であり、また八幡工場の三名は組合役員ないし活動家であつたことが認められる。

(D) 会社が昭和三七年八月に従業員栗山博明を、同三九年に同じく伊藤康朗、小林博司の両名を、いずれも会社の東京本部から地方都市のサービス・ステーシヨンに配転したことは当事者間に争いがない。しかし右配転は会社が同人らの組合活動を嫌悪してなした差別的配転であるとの原告主張の事実については、これを認めるに足る証拠はない。

(E) 原告は、会社の松田主任研究員および市村人事課長が、出向命令の内示から発令までの過程において、原告に対し反組合的言動をなしたと主張するけれども、本件に顕れたすべての証拠を参酌しても、これを認めるに足りる適確な証拠はない。

(4)  本件出向命令に対する組合の態度

組合支部が、会社から昭和四〇年一二月一〇日原告を生コン会社に派遣したい旨の通知を受け、同月一三日および二〇日これを了承する旨の回答をしたこと、および翌四一年一月五日他社派遣を拒否した原告を懲戒解雇にしたいとの会社の協議申入れに対し、原告に対し何らかの処分は止むを得ないとの意見を会社に通告したことは、前記二の(7)で認定したとおりである。そうして、前記乙第四号証の一ないし三、成立に争いのない乙第四号証の四、証人金子勝秋、川住正彦の各証言および原告本人尋問の結果によれば組合支部執行部は、会社からの右協議申入と原告からの異議申立に基づき審議した結果、同月六日本件出向命令は、希望退職者募集期間中に内示され、かつ発令されたものであるが、会社において原告を退職させる意図の下になされたとは断定できないので、これが合理化計画による人員整理の一環であるとはいえないし、また、会社が中研職場における組合活動を嫌悪してなした職場活動家への攻撃であるとも認められないなどの理由により、本件出向には会社の業務上の必要と緊急性とが認められるとし、原告に対して処分があるのは止むを得ないとの見解に達した。しかし、組合支部職場委員会は同月一〇日右執行部の見解を承認しない旨の決議をしたので、組合支部執行部は支部臨時総会を招集し、同月一九日の臨時総会において右執行部の見解を承認する旨の決議がなされた。

(5)  前記(2)で認定した事実によれば、原告は中研職場選出の職場委員として組合活動をしていたいわゆる職場活動家であつたことが明らかで、会社においても、既に本件出向発令前に、これを認識していたものと認めることができる。

しかし、前記認定の本件出向命令がなされるに至つた経過と事情および本件出向命令に対する組合の態度に関する事実を合せ考えると、前記(3)の(A)および(C)において認定した各解雇が仮りに原告主張のように不当労働行為に該るものであつたとして、これを考慮に入れても、本件出向命令が、原告主張のように、原告の組合活動を嫌悪し、かつ中研職場における組合活動を弱体化させる意図の下になされたものとは、とうてい認めることができない。

したがつて、本件出向命令が不当労働行為に該当し、無効であるとする原告の主張は採用できない。

(三)  出向命令権の濫用の有無

(1)  原告の出向先である有田生コンにおける賃金・労働時間・住宅などの労働条件ないし処遇については、前記二の(5)において認定のとおり、十分の配慮がなされて居り、右事実に、当事者間に争のない本件解雇当時における原告の賃金月額が合計金二万七、四七〇円であつた事実を併せ考えれば原告は本件出向により経済的にはむしろ利益を受けるものであつたということができる。もつとも、証人市村堯の証言によれば有田生コンには厚生施設が殆どないことが認められ、また有田生コンの所在地は地方都市であるから、これらの点に関する限りでは生活上の不利益が伴うものと考えられるが、この生活上の不利益は前示経済的利益により十分償われるものと認め得る。

また、原告は、会社においては中研で前記スタビライザーの研究に従事していたものであるところ、有田生コンでは生コンクリートの試験業務に従事することになるため、労働内容が異り、研究内容の低下を来たすものであることは、これまでの認定の事実に徴して否定できないが、証人竹本国博の証言によれば、右生コンの試験業務も土木工学科出身である原告の知識・経験に関連のあるものであり、生コン試験業務の経験は原告の将来に十分役立つものであることを認めることができる。

(2)  次に、会社が、本件出向につき、原告を人選したことが相当であることは、既に認定したところにより明らかであるから、右人選には合理的理由がないとする原告の主張は理由がない。

原告は、会社が昭和四〇年一一月一七日の中央経営協議会において、前記希望退職者問題の解決をみるまでは、配置転換は行わない旨を組合との間に約束したのにこれを破り、本件出向命令を内示したものであつて不当である旨主張する。成立に争いのない甲第六号証、第三三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第九号証の一および証人中尾多加志、中茎義和の各証言によれば、組合は右経営協議会の席上、合理化計画に基づく人員整理は組合員に不安動揺を与えるので、希望退職者の募集問題が解決するまでは、転勤・配転を中止するように要望したのに対し、会社は人員補充など真に止むを得ないものを除き、組合の要望に応じる旨を回答したことが認められるが、右によれば、会社は組合に対し一切の配転を行わない旨を約束したものでないことは明かであり、本件出向命令は前記認定のような経緯によるものであり、前記人員整理とは直接関係がなく、かつ緊急を要するものであつたのであるから、右約束に反してなされたものとはいえない。

そのほか、本件出向命令の内示および発令の過程において原告主張のような不当な点があつたことを認めるに足る証拠はない。

(3)  右によれば本件出向命令が権利の濫用にあたるとすることはできないし、他に権利濫用にあたるとする事情を認めるに足る証拠はない。却つて、前記認定の二の(1)ないし(6)、および三の(一)(1)の各事実によれば、本件出向命令は権利の濫用に該らないことが明らかである。

四、前段で認定したとおり、会社は本件出向を命ずる権利があり、本件出向命令が不当労働行為に該当せず、権利の濫用に該らないことが明らかであるから、会社に本件出向を命ずる権利がないこと、または本件出向命令が不当労働行為ないしは権利の濫用に該ることを前提として本件解雇が権利の濫用であるとする原告の主張は、採用できない。

五、本件解雇は、原告が本件出向命令を拒否したことによるものであることは、既に認定のとおりである。

成立に争いのない乙第二号証によれば、会社の就業規則第五八条には、懲戒解雇事由を列挙していることが認められるところ、原告の本件出向命令拒否は同条第九号に定める「前各号に準ずるふつごうな行為があつた者」に該当するものと認めるのが相当である。

ところで、前記乙第二号証によれば、右就業規則第五八条には、「情状によつては、降格、出勤停止または譴責に止めることがある。」旨定められていることが明らかであるから、同条列挙の懲戒解雇事由が存する場合においても、情状酌量の余地があつて降格、出勤停止もしくは譴責の処分に止めることが相当と認められるに拘らず、あえて懲戒解雇に付した場合には、当該解雇は解雇権の濫用として無効と解し得るのであるが、前記本件出向の必要性と会社の提示した出向条件ならびに原告の組合活動などについて認定した諸事実に照せば、原告において本件出向命令を拒否した理由が、たとえその主張の如く出向先の有田生コンが遠隔の地にある小会社であり、原告の生活と組合活動の権利を守るためであつたとしても、これらの事情だけでは、いまだ情状酌量すべき関係にあつたものとは認めがたく、その他に原告を降格、出勤停止もしくは譴責の処分に止めることを相当とする特段の情状の存したことを認めるに足る証拠はない。したがつて、会社が原告を懲戒解雇に付したことは相当であつて、裁量権を逸脱した違法はない。

原告は、本件解雇に至る過程において会社側に信義に反するものがあつたと主張するが、既に認定した事実に徴し、かかる諸事情があつたとは到底認め難いから、原告の右主張は採用できない。

更に、原告は、本件出向命令は不当労働行為にあたるから右命令拒否を理由とする本件解雇もまた不当労働行為に該当し無効であると主張するが、本件出向命令が不当労働行為であるとなし得ないことは、既に判示したとおりであるから、原告の右主張は、その前提を欠き、採用の限りでない。

六、以上の次第で、本件解雇は有効であるから、原告と被告会社間の雇傭契約は本件解雇により昭和四一年一月四日解除に帰したというべきである。したがつて原被告間の雇傭契約がその後においても有効に存続することを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないことが明らかであるから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 兼築義春 菅原晴郎 神原夏樹)

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